第18回<東京の夏>音楽祭2002 レポート




2002年 7月 13日 草月ホール / 写真撮影:堀衛 





7月13日、4時から行なわれた<日本の音楽と文学3>は、吉増剛造の詩と音楽のインプロヴィゼーション。
岡田隆彦氏が、「心身ともどもしなやかで敏捷なたたずまいのめだつ詩人」(吉増剛造詩集 現代詩文庫)と評したように、詩人・吉増剛造は、その風貌はナイーヴで繊細な面立ちである。しかし、草月ホールの舞台に現われた吉増は、一種、凛とした雰囲気を漂わせていた。

テキストは、詩の雑誌「midnight press」(季刊誌 2002年夏 16)所収の「囀り/ガズイ、....なきかたがたのこゝろの数を」と、雑誌「ユリイカ」2002年5月号所収の「僕の心にも“ころがっている”囀り-安東次男氏に」。演奏はヤスミン・カルテット。

− 水鳥のリズムにも似て

舞台床に正座した吉増。和紙の奉書のような巻紙を両手で開き、床には小さな小物類(後で小沼純一氏に聞いたところ、テオキンとかいう民族的な人形や、時計、蒼い光で手元を照らす極小の懐中電灯の類など)。移動の度に、それらを全て携えて動きまわる。

朗読の殆どは床を身体中で歩行するかのごとく、いわば床を這いずりまわりながらの朗読。「囀りガズイ、...」、その発語はあたかも水鳥の首の運動に似たリズムで、その嘴から発せられる"サ・ヘ・ズ・リ、ガ・・ズ・・イ"、日本語のシラブルとは異質の不規則なスタッカートのよう。その独特な発語を追いかけるのは、小沼純一の極めて精読口調による「さえずり、ガズイ」の声。両者の極端さの対比が、思わぬ異空間を形成し、背後のアンサンブル・ヤスミンのエキゾティックなサウンドとも相まって、吉増の朗読の新しい境地を拓いた。

− 吉増の時間と空間

周知のごとく、吉増は、紙上に印刷された場合、活字の大きさから配列に至るまで、詩の表記に工夫を凝らす。朗読のさまも、各種の活字の形態を声に映して移動する。
また、吉増は日誌風の表記をしばしば使う。「囀り...」も、"二〇〇二年四月十一日朝、"といった、行動の記録を多用する。朗読の時間の流れの中で、吉増の時間と空間が如実になり、日本語で示す詩の存在そのものを問う意味においても、極めて興味深い夕べとなった。

− 感想から

後日、小沼氏からうかがったところ、音楽のアンサンブル・ヤスミンとのコラヴォレーションや、小沼氏本人が舞台上で一部朗読する(囀りガズイ....の箇所程度だったが)ことは直前に決定したとか。いわば殆どがインプロヴィゼーションだったという。

− アンケート

「無機質に発せられることば(音)と音楽が微妙に重なり合い、不思議な時を過ごした感じです」
「吉増氏improvisingなReadingではやはりNo.1でした」(50代 男性)
「ふしぎな空間にまよいこんでしまった」(20代 女性)
「言葉が朗読と音と共に立体的に聞こえて面白かった」(50代 女性)


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