<ザンジバルの歴史>タンザニア連合共和国の島嶼部ザンジバル(人口約100万)は、アフリカ内陸部とインド洋西域との境界域に位置し、その歴史は複雑です。10世紀以降のペルシャ人やアラブ人との交流、16世紀のポルトガル人の支配、17世紀末からはポルトガル人をスワヒリ沿岸から追い出したオマーン人の支配が支配しインド人商人を使った奴隷や象牙交易、丁子(クローブ)の栽培が行われた。19世紀末にキンジキティレなどの指導者による抵抗もむなしく、大陸側はドイツに、ザンジバルは英国保護領となり、第一次世界大戦後には大陸側もイギリスに引き渡された。その後大陸側(当時のタンガニーカ)は1961年に、ザンジバルは1963年に独立し、1964年タンガニーカとザンジバルが統合され現在のタンザニア連合共和国となる。
<海洋の混血音楽ターラブ>ザンジバルにおいて「ターラブ」は結婚式やパーティーで欠くことのできない大衆音楽。その語源はアラビア語で喜びや楽しみを表す「タラブ」がスワヒリ風に訛って「ターラブ」となったとされ、スワヒリ語の古典的な伝統である詩やこの地域のリズムやメロディーにアラブ、インド、インドネシア、西欧の影響がバランスよく混交している。ザンジバルを拠点にオマーンと東アフリカ一帯を支配していた音楽好きのバルガシュ王(在位1870〜1888年)が、エジプトから楽団を招き、宮廷で演奏させ、アフリカ系天才歌手シティ・ビンティ・サアドにより現在の演奏形態となった。
<推定95歳、伝説の女性歌手ビ・キドゥデ>伝説の女性歌手ビ・キドゥデ(本名ファトマ・ビティバラカ)は、推定95歳。彼女の生き様は、そのままターラブの歴史といえる、その一方で彼女は、ザンジバル女性の成人儀礼「ウニャゴ」の長老も勤めている。「ウニャゴ」は太鼓とダンスを伴う儀礼ですが、そのリズムは結婚式などの慶事にも演奏される。ザンジバルの通りの名前になるなど彼女の存在は、スワヒリ社会に生きる人々が、音楽を通して自分たちのアイデンティティを確認する生きたモニュメントとなっている。今回はザンジバルを拠点に国境を越えて広く活動しているターラブの楽団カルチャー・ミュージカル・クラブを引連れて来日予定。