<ハワイと日本>――――50年ぶり奇跡の来日――――
ウクレレの至宝 エディ・カマエ
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©小林正巳
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日本のハワイ音楽の立役者、灰田有紀彦とも親交あつかった巨匠、ついに来日!
監修:山内雄喜

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Eddie Kamae
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(ウクレレ、ヴォーカル) |
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Ocean Kaowili
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(ベース、ヴォーカル) |
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Mike Kaawa
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(ギター、ヴォーカル) |
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Bobby Ingano
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(スティール・ギター) |
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山内雄喜
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(スラック・キー・ギター) |
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Puna Kalama Dawson
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(ハワイアン・チャント & フラ) |
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Denby F.K. Dawson
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(フラ) |
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Minori Evans
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(フラ) |



詳細は後日発表。



4月25日[土] 10:00a.m.
発売開始
全席自由 ¥4,500


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- アリオンチケットセンター
TEL:
03-5301-0950
営業時間:
土・日・祝日を除く10:00a.m.〜6:00p.m.
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【Eddie Kamae】
ハワイ音楽の至宝 1927年ホノルル生まれ。「近代ウクレレの生みの親」とも呼ばれているエディ・カマエは、ウクレレのみならずハワイ音楽の考古学者ともいえるシンガー、ミュージシャン、作曲家、映画監督。既に「Ukulele Hall of Fame」の殿堂入りも果たしており、ハワイの人々が尊敬の念をもってやまない音楽家である。 栄光の ザ・サンズ・オブ・ハワイ 13歳ごろからウクレレに親しむが、音楽理論の裏付けが必要であると感じ、ハワイ大学のバーバラ・スミス教授の指導を受ける。21歳のときにウクレレ中心のデュオ「ウクレレ・ラスカルズ」を結成してプロ・デビュー。1959年ギャビー・パヒヌイ等とともに、ハワイ音楽の復興を目指したグループ「ザ・サンズ・オブ・ハワイ」を結成。後に、カリスマ的なバンドとなる。彼の作曲した「モーニング・デュー」は、ハワイ音楽のスタンダード・ナンバーとして定着している。 ハワイアン・ルネッサンスの中心人物 30代から、古いハワイ音楽の発掘に取り組む。当時のハワイ各地には、それぞれのファミリーだけに伝わる音楽が残っていた。エディは、ハワイ全島を渡り歩き、そうした古い音楽の収集に努める。近年は、特に、自ら設立した財団Hawaiian Legacy Foundation の事業として、ハワイの自然、文化、音楽、言語を次の世代に伝えるべく、ドキュメンタリー映画の製作に力を注いでいる。<WORDS, EARTH & ALOHA: The Source of Hawaiian Music>をはじめ、現在12作目を製作中。 日本での足跡 日本との関わりも深い。日本におけるハワイ音楽の立役者、灰田有紀彦と旧知の仲であったエディは、ちょうど50年前の1959年に新婚旅行で日本に立ち寄る。この時、日本ビクターの専属作曲家であった灰田の声かけにより、日本でのレコーディングが実現した(「ウクレレ・マスターズ」としてCD復刻)。現在「ウクレレの神様」と呼ばれているオータサン(ハーブ・オオタ)は、エディの弾く《マラゲーニャ》を聞いてショックを受け、教えを請うことになる。また、この来日がきっかけとなって、日本ウクレレ協会が設立された。 参考資料: ・「ウクレレ快読本」小林正巳著(日本評論社) ・CD「ウクレレ・マスターズ〜若き日のハーブ・オオタとエディ・カマエ」解説:小林正巳 ・「ハワイアン・ミュージック」山内雄喜著(シンコーミュージック・エンタテイメント)
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【Puna Kalama Dawson】
ハワイ・オアフ島カイルアで生まれ育つ。ロカリア・モンゴメリーに師事したクム・フラ(フラの継承者)、ラニ・カラマの娘として、幼い頃よりその膝の上でチャントを聞きながら、フラを生活の一部として育つ。 1995年に、カヒコ(古典フラ)を基盤とするハラウ(フラの教室)「Ka IPO Ha`a o ke kauilani Na Pua Hala o Kauai」を母より継承。現在、ハワイ・カウアイ島を拠点に、踊りを含めたフラの精神性を人々に伝える。また、低所得者住宅(NPO)でのマネジメントに携わり、地域作りに力を注ぐ。ハワイアンスクールの設立に関わり、子供達の教育カリキュラムの組み立て、フラやハワイ語のクラスへの手助けを行うなど、ハワイの文化継承に取り組む。また、アウトリガー・カヌーのハワイ伝統のレース「モロカイ・ホエ」にパドラーとして数多く参加、コーチとしてもチームを優秀な成績に導いた経歴を持つ。
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