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2001年11月

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ゲスト:伊東信宏  【プロフィ−ル】 イトウ ノブヒロ。1960年生まれ。大阪大学文学部美学科(音楽・演劇学専攻)を経て、同大学院文学研究科博士課程修了。現在、大阪教育大学助教授。1990年度アリオン賞(評論)奨励賞。著書に中公新書『バルトーク』など。『朝日新聞』など、各方面で執筆活動を行う。クラシックのみならず、特に東欧の民俗音楽、大衆音楽に興味を持つ。


■ ストラヴィンスキー直伝の《結婚》とは…


--?? 第17回〈東京の夏〉音楽祭2001「聲-Voices-」のオープニングを飾ったポクロフスキー・アンサンブルは、初めての本格的な来日公演でした。伊東さんはこのアンサンブルにはかねてから、大変興味を持たれていましたね。

伊東?? ストラヴィンスキーの《結婚》は、ストラヴィンスキーの曲の中でも一番好きな作品なのですが、このアンサンブルのCDが出た時、さっそく買い求めて聴いてみると、今まで聴いたのと全然違う。一つにはコンピュータ処理したピアノの音が奇妙な、ベタッーとした平板な音を造り出していたり、ベルカントの発声とは違う地声を使ったりして、強烈な印象でした。それと同時に《結婚》のオリジナルになったロシア農民の結婚儀礼の歌も興味深いものでした。98年の〈東京の夏〉音楽祭でバレエの《結婚》をやりましたね?

江戸?? ええ。第14回〈東京の夏〉音楽祭98「ディアギレフ:バレエ・リュスの20世紀」 (98年7月9日、10日)で〈バレエ・リュスの輝き〉東京バレエ団参加上演です。ご覧になられましたか?

伊東?? 観ました。

江戸?? ああいう舞台だとは夢にも想像しませんでした。もともとはディアギレフがロシアバレエ団のレパートリーの為に造ったのですね。

伊東?? 美術と衣装を作成したナタリア・ゴンチャローヴァ、この人はけっこう面白い作品を造る人で、去年ニューヨークへ行った時に「前衛のアマゾネスたち」という展覧会が開催され、20年代前後のロシアの女性前衛芸術家たちを扱っていた中にも彼女の作品がありました。ロシアの木版画の如く素朴なものと前衛とが織りまざっている作品です。

江戸?? 観たことあります、ディアギレフ時代の美術や衣装などの全記録が載った厚い本をモスクワで購めたのですが、その中にバクストやブノアと並んでゴンチャローヴァのもありました。3人ともヨーロッパ的手法なのにロシアの民族性が出ていて面白いですね。

伊東?? 《結婚》の舞台では美術も衣装も殆どモノトーンで、派手な踊りでもなく非常に禁欲的な背景の陰にロシアの原色の民俗芸能が隠されているという…一枚ヴェールで覆われているようで面白いですね。東京バレエ団の日本初演は意味ありましたが、ちょっと綺麗にまとめられていた感じを受けました。例えばあの歌詞は、キリスト教とは関係なく、もっとロシアの八百万(やおよろず)の神が集まって祝ってくれるという祝詞(のりと)のようなすごい土着的なものですが…

江戸?? でもディアギレフが再現した時は美的な舞台だったのではないでしょうか。

伊東?? ええ。フランス語でやっているはずですし、もともとのストラヴィンスキーの意図とは違うのではないかと思います。でも〈東京の夏〉音楽祭98のような掘り起こし上演は意味あることです。

江戸?? 今年(2001年)の特別公演(7月14日)の後で、ポクロフスキー・アンサンブルの人たちと会食した時、カンパニーの指導者の女性が語っていたのですが、ストラヴィンスキー本人の意思が反映された《結婚》の舞台プロダクションがあるけれど、十年以上再演されていないという。ストラヴィンスキーは能に影響を受けていて、彼の注文を採り入れ、例えば主役の女性は能面のようなメーキャップを施したり、興味をそそられる舞台のようですが、再演には数千万のお金がかかり、仕込みに数カ月要するという大がかりなものです。

伊東?? ぜひ再演して下さい。

江戸?? 大変な経費と時間が掛かるのです。でも上演する意味は大きいですね。

伊東?? ストラヴィンスキー自身は、初演の振付や演出に必ずしも満足せず、自分の意図とは違うと文献に書いてますね。ストラヴィンスキーの助言を採り入れているのなら、再演はとても意味があることです。

江戸?? 世界中の人が観たいと思われるような舞台となるでしょう。

伊東?? ストラヴィンスキーはこの作品のオーケストレーションに非常に長く時間を割いているのですね。最初、バラライカやグスリなど民俗楽器を使おうとしてうまくゆかなくて、次にツィンバロンを使ったものは殆ど完成している。その録音を聴いたら大変に面白いけど〔注:P.エトヴェシュ指揮、スロヴァキア合唱団、サヴァリア交響楽団で、打楽器グループのアマディンダ、Z.コチシュなどが参加したLP(HUNGAROTON SLPD 12989)があった。A面には1923年の最終版が、B面には1917年の小オーケストラのための版(ストラヴィンスキーの構想を基に、R.クラフト、R.コルテスなどが補作したもの)が収められている〕、ツィンバロンの名手が必要で、上演はなかなか難しそうです。最終的に作成したピアノ4台の作品も面白いけど。

江戸?? ツィンバロンの作品を聴いてみたいですね。

伊東?? 音のコピーを送りましょう。ピアノの作品と違う面白さがありますね。


*では、実際にポクロフスキー・アンサンブルの舞台を観て、伊東さんはどう感じたのか、次号をお楽しみに。 (続く >>)


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