インターミッション
2001年7月
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■ 返信:江戸京子
小沼 純一様
お便り拝受、過日は遠路はるばる北の果ての久慈市まで来てくださって有り難うございました。交通網が発達している今の日本で、東京から5時間かかるという遠隔の地はもう滅多にないではないでしょうか。久慈市には、今回のクレ−メル/バルティカのような、年間の重要なコンサ−トに出席するために、すでに何回も来ていますが、私にとって一番印象的な出来事は何だったと思いですか?
この間もちょっとお話しましたが、それはここの秋の五穀豊穣を祝うお祭りです。昨年の夏の終わり頃、「どなたか身内の方でも誘ってお出でください」と市長からの遠慮がちなお招きを受けた私は、以前盛岡の「チャグチャグコン馬」という子供の乗った馬が着飾って練り歩くお祭りを見て、その単調さに退屈しきったことを思い浮かべ、寧ろ億劫に思いつつ出掛けたのでした。ところが、それがまさに想像を絶する何とも壮麗なお祭りだったのです。日が落ちると市内の八つの地区から、大型トレーラーほどの巨大な山車が町の中央の広場に集合します。それぞれの山車の全面には子供たちのお囃子が陣取り、本体の上は「里見八犬伝」とか「義経平泉の陣」などの名場面を模した極彩色の人形たちが陣取り、その背後の燃えるような紅葉や桜が、時折わっと沸き上がって枝を震わせ、豪華絢爛、とにかく目を奪う派手さです。その後さらに八台の御神輿が姿を現し、全部が出揃ったところで市長が祭りの開始を宣言し、各地区の名人たちが謡をひとくさり、樽酒が割られ、北国のおいしいお酒が溢れんばかりに振る舞われます。鉢巻き姿にはっぴの男たちが、私のところへも、ほれよっ!とばかりにどんと一升瓶を置いていきます。お囃子の音が、幼少からの懐かしい祭りの記憶を呼び覚ますのか、腰の曲がった老人が足を引きずりながら、神輿のあとを縋るように追って歩く姿が印象的でした。
次の日は、私も市役所の御神輿の後ろを子供たちと手を繋いで歩きます。「あっ館長さんだ!」などという声が聴こえると私も鼻高々、アンバ−ホ−ルもここまで定着したかと嬉しくなります。この町でこうした場に居合わせると、私もこの地域の一員としてなんらかの役割を担い、それを皆と共に分かち合っているのだ、という嬉しい実感が沸いてきます。人口は約37000人、もともと人間はこのぐらいの規模の共同体で暮らすように出来ているのではないか、とさえ思ってしまいます。なんと市長は市民全員の顔をご存じだそうです。
それに比べると、東京はマンモス化しすでに飽和状態で、都会のよさもすでに失われつつあるのではないでしょうか。確かに地方ではみたり聴いたりできないものが勢揃いしてはいます。でもコンサ−トにしても、えっ?ポリ−ニが来ていたの。といったぐあいに、重要なものほど宣伝がなく、注意しないと見逃してしまいます。各ホ−ルで配られるちらしの膨大さをみても、このなかから、聴衆が何をどう選ぶか、予測もできません。
同じ都市でも、パリのように面積も狭く人も少ないところでは、コンサ−トも展覧会も、ホ−ルや会場の数が少ないのでそう沢山はありません。また新聞雑誌も、商業主義とは一線を画して重要なものを追いますから、それらがはっきりと浮き上がります。また、お祭りごとには市を挙げて盛り上がり、シャンゼリゼ−通りを埋めつくして騒ぎます。パリに滞在する外国人ですら、一つの共同体に属しているように感じます。
私が久慈市で仕事を始めたとき、貴方同様、日本の地方自治体のホ−ルが、まったく中身を考えないまま乱立することに批判的で、だからこそこの北の果ての小さな町に一つのモデルケースを創ってみようと意気込んでいました。しかしこれもまた中央から地方をみていたものの思い上がりで、どの地域もそれぞれに異なる気候や地勢、歴史に基づく独自の人情や生活文化があり、久慈でうまくいっても、それが他所にも当てはまるかどうかは分かりません。幸いなことに久慈市では、「骨董の目利きを育てるには優れた本物だけを見せる」に準じた私のプログラミング方式が成功している、という確かな手応えがあり、私はこの仕事を心から楽しんでいるのです。
それにしても素晴らしい聴衆だとお思いになりませんか。 いまや東京と地方の聴衆とのレベルとの差はないと思います。むしろ一部の東京の聴衆が持っている、見当違いな先入観や固定観念に囚われず、素直に音楽を聴き、それを命の水のように吸い上げているのが感じられます。終戦間もなく、唯一のホ−ルであった日比谷公会堂で、海外からの巨匠たちの名演を全身で受けとめていた私たちに似ています。 こうした会場の雰囲気は必ず演奏家を鼓舞するものです。今まで私が聴いたどの演奏も、(館長として、常に厳しい態度で望んでいますが)手抜きなど一ミリたりとも感じることない、全身全霊の演奏ばかりだったと思います。
今のところ、オ−プニングの読響や、小沢征爾のコンサ−トなどはあっと言う間に売り切れますが、どんなコンサ−トにも必ず来てくれるのが350人ぐらい、市の人口の約一パ−セントですが、もし会場に足を運んでくれさえすれば、もっと増えると思います。私がすっかり心を奪われた、あんなお祭りを何百年も続けてきた市民達が、特に憂鬱な冬の季節に音楽を聴きにきてくれば、またひとつ、生きる歓びが増すというものです。 実は、もし可能であれば、今年のお祭りの開始の合図のファンファ−レを、アンバ−ホ−ルの前の広場で、子供たちに吹奏楽を教えている田宮堅二さん他の先生たちに吹いてもらったらどうか、と市長に提案しています。お祭りの伝統に、何か新しいものを付け加わるなんて、想像するだけでもわくわくするではありませんか。
さて肝心のクレ−メル/アンサンブルバルティカの音楽評が後回しになってしまいましたが、今回、私はこれを聴いて改めてクレ−メルというひとの知性と、音楽的思考の凄さに驚嘆してしまいました。常日頃、私は、ピアノに比べれば、遙に機能が原始的なヴァイオリンいう楽器の性能の魅力を最大に引き出しているのは、ジプシ−ヴァイオリンだと思っている人間です。ですから今までクレ−メルの、時折りぎくしゃくした不器用なフレ−ジングや、弓を弦にぶつけるような雑音を出すのが気になっていましたが、今回、彼が一丁のヴァイオリンという楽器の限界では出し切れないものを沢山持っていて、それがあのような表現となって出てしまうのだということが分かりました。それがこのアンサンブルを得たことで全て解消したのだと思います。 最初のシュ−ベルトの、なんと柔らかな音。シュ−ベルトにしては幾分ロマンティック過ぎる解釈かとも思いましたが、彼がこういう側面も持っているのが驚きでした。
次のリストは、まずアレンジが頂けません。ピアノの最強音の両手のオクタ−ヴが、目も止まらない速さで登ったり下ったりする轟音の迫力を、弦のアンサンブルで表そうとしても、それは無理です。しかもクレ−メルのヴィルティオジテを全面に出そうという意図のアレンジでしょうが、彼がまだ練習不足でこの曲を手中にしていないことが見え見えで、音程も悪く、指も縺れるソロに失望しました。 四季については、まったく同感です。クレ−メルのソロが、ここでは別人のごとく冴え渡っていましたね。ヴィヴァルディが、次のピアソラの何小節かにまだその余韻を残し、また逆も起こるというのが面白かった。聴きおわった後、なにか極上の贅沢な御馳走を味わった満足感がありました。
長くなってしまいましたが、この秋のお祭りには、是非お出でください。
江戸 京子
2001年7月
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